子供の頃に行った工場見学は楽しかった。大人になっても、どちらかというと、同じ会社で同じような事をやっている同僚より、違う会社、違う業種、違う年代。国まで違えばもっと楽しい話が聞ける様な気がする。(そういえば、今でもプライベートは異世代の交流が多いな)
魚屋に行くと魚が販売されている。
当たり前だ。
ただ、
そこに魚が並べられ、食卓に届くまでのプロセスは意外と知られていない。
お客さんが食べている魚は市場からどうやって食卓まで届いたのか。
美味しいと思って買った魚が期待外れだったこともあると思う。
紛らわしい売り方、間際らしい商品名、誇大表示(地モノ、今が旬!のシールに惑わされてはいけない)良い魚屋さんに巡り合えなかった時は残念な結果になるだろう。
美味しい魚を買う為に。
知られざる魚屋の一日。タイムチャートで追ってみよう。
午前3時≫
起床。
プロの魚屋でも、やっぱり朝は辛い。
20代、30代ならまだしも、毎日市場に行くのは辛くなってくる。
仕入れを真面目にやっている魚屋さんは、早く寝る人が多い。
魚屋の仕事は楽しい(それに美味しい魚もたくさん食べれる)けれど、朝が苦手な人はやめた方がいい。
顔を洗って着替えを済ます。
さあ、市場へ出発だ。
午前4時≫
市場へ到着。
良い魚を仕入れようと思ったら、4時には着いておかなければならない。
残念だけど、「早く来る」という行為自体にも意味がある。
「あいつは毎日ちゃんと来ているやつだ」
仲買からの信頼は大切だ。
当時勤めていた店舗は中国地方でも最大級の店舗。
一日の売り上げは300万円。
商品の仕入れに70万円~100万円(マグロの解体ショーをやったりすると、ポン!とはねあがる。もうからないけど・・・)ほど掛けていた。市場には個人レベルの魚屋さんもいる。これだけの予算を持っているのはそうはいない。
予算が多い(お金を持っている)からといって、良い魚を融通して貰えるわけではない。逆に大量の魚を大人買いをすることで、ひんしゅくをかうこともしばしばある。まともな仕入れが出来る「目利き」になるまでに2~3年は必要だ。
市場での魚の仕入れ方法にはいくつかのパターンがある。
ざっと分けるとこんな感じだ。
パターン1:あらかじめ予約が出来る、養殖魚
定番のタイ、ハマチ、ヒラメ。寿司、刺身を売る魚屋は必ず仕入れる。
パターン2も含め、これらの魚は前日に数Kg単位で注文できる。
値段は日によって多少違うけど、漁協が卸値を決めているので競る必要はない。
≪マメ知識≫良い魚を売っている魚屋かどうか判断する為、パックコーナーでタイのアラ(頭)を見てほしい。頭の大きさが大きい方が、良い魚屋さんの傾向がある。
養殖のタイの大きさは規格が決まっていて、0.8(800gのタイ。レーハチと読む)Kg、1.2Kg、1.5Kgなどがある。もちろん小さい方が仕入れ値が安いけど、小さいと鮮度が落ちやすく、歯ごたえ、脂の乗りもイマイチだ。食べて美味しいのは1.2~1.5Kgのタイだろう(これ以上大きいと少し身が硬い)
いやらしい話になるけれど、儲けたい(利益率を上げたい)時は0.8Kgのタイを大量に仕入れていた。市場によっては卸値が公表されていることもあるけれど、レーハチのタイならキロ700円前後。一匹500前後の仕入れ値だ。これを三枚に下ろし、皮を剥いで刺身用の上身にして(プロの魚屋ならここまでの調理に4~50秒くらいかな。1分も掛かるようでは店舗で包丁を持ってほしくない)パック詰めにする。500円で仕入れたタイ、一匹から2パック。デパ地下のような売り場は1パック 780円~980円で販売する。結構もうかるんだ。
パターン2:あらかじめ予約が出来る、天然魚
ここでの天然の魚は、あまり天候に左右されない魚や遠洋で取れる魚。代表的なのが五島列島あたりの真サバ、スルメイカにミズイカ(輪切りでパック販売されているイカは、兄貴の可能性が高いので買ってほしくない)、それから水カレイとかもだったかな。
こういった魚は前日の夕方に市場へFAXで注文する。
パターン3:市場で競る魚(発泡、トロ箱入り)
魚の仕入れと言えば競りと思われるけれど、競りで仕入れる魚は全体の半分もない。競りで仕入れるような天然の魚は店舗によっては売り難く(というより売れない)あまり大量に仕入れれるものではない。大型店舗なら数100Kgの魚を列で買う、「こっからここまで全部!」という大人買いができるけど、普通は市場をウロウロ、魚、相場、当日の来店・売れ筋見込み、兄貴の残り具合、広告の有無などを考慮しながら色々な魚を仕入れて行く。仕入れにはバイヤーのスキル、嗜好が顕著に表れるので、仕入れ担当者が変わるとラインナップ(カッコよく言ってみた)が変わる店舗も多い。
パターン4:「色もの」の魚
色ものの意味は色々あるけれど、市場で魚屋が言う「色」は、色んな魚がごちゃまぜになって、一つの発泡スチロールに詰め込まれた魚を指す。底引き網で獲れた外道、規格外れなど、まとまった量の無い魚が発泡単位で競りに出される。
実はこれ、お買い得なことが多く、(どうでもいい様な魚にまざって)アコウやオコゼなど、高級魚が入っていることがあり、バイヤーも見落としやすいので良く狙っていた。
お店に信じられないくらい安いアコウが並んでいたら、「色」で仕入れた魚かも知れない。
午前5時≫
仕入れ完了。
仲買に仕入れた魚をトラックへ積み込んで貰い、店舗に出発だ。
その前に朝食も。市場の食堂か、トラックで食べる。いい仕入れが出来た日は会話も弾むが、時化で魚がなかった時はみんなテンションが下がる。何を売るのか憂鬱になるからだ。
魚は4トントラック山盛りに積み上げるので、上手く積まないと店舗に付いたら魚が無くなっていることがある。重たいものから、軽い物を順番に。以前、頑張って競り勝った上物の天然本タイを落としてしまい、こっぴどく説教された・・・
午前6時≫
店舗到着。荷物運び。
デパ地下店舗の場合、地下にある共同のトラック搬入口から入り、荷降ろし作業を行う。
そろそろ、市場に行かない社員も店舗に出社してくる。
言い忘れたけど、一つの店舗あたり、市場に行くのは3人前後。
許可書が無いと入れないからだ。
トラックの到着に伴い、市場に行く社員と行かない社員が合流し、以下の役割分担で作業を行う。
トラック荷降ろし組
4トントラックの荷物を3人前後で荷降ろし、移動。
トラック搬入口は出入りが激しく、ディーゼルの煙で空気が悪い。サッサと運ばないと気分が悪くなる。一度、生きた小エビのトロ箱をひっくり返した時はトラックの下にもぐって逃げ回るエビを捕まえなければならず最悪だった。魚屋の若手はこの排ガスもくもく高速荷降ろし作業で鍛えられる。
結構きつい。
冷蔵庫荷出し組
市場からの新しい魚が入ってくるのに合わせて、冷蔵庫で眠っている前日からのお魚、「兄貴」を運び出す。前日仕入れに失敗したり、お客さんの数が少なかったら兄貴がたくさんいるので大変だ。冷蔵庫の魚を調理場やパッキング作業場へと運ぶ。それから、冷凍物の解凍作業も忘れてはならない。エビやサーモン、カラスカレイなど。エビは種類が非常に多いから間違えないようにしないければならない。。例えば、一般的にクルマエビとして売られているエビは、オーストタイガーと言われる種類。9-12、16-20などという形でサイズ分けされ、レンガ状のブロックになっている。
冷凍物はだいたい山積みになっているので、下の物を取る時は力いっぱい引っこ抜くと同時に、上からの落下物に注意しなければならない。-20度なので、ちんたらやっていると鼻毛が凍る。
パックコーナー組
前日の売れ残りをチェックし、調理が必要な物や加工が必要な物を収集して行く。
どの程度の調理が必要かは、パック担当の「ハナ」にかかっている。
最初は臭いとしか感じない魚の匂いも、慣れてくると瞬時に3段階のレベル分けが出来るようになるのが不思議。順番は上から下に鮮度が悪くなっていくので、頭を落とされた魚が売られていたら注意しよう。
・ウロコとってお腹だし
・頭落とし
・焼場
話がそれた。
パックコーナー組は荷物出し組が荷物を持ってくるまでに、さっさとパックコーナーの整理を行わなければならない。兄貴をどれくらい再販するかで当日仕入れた魚を扱いが変わってくる。
開店までは時間との勝負。
とにかくみんな、動きまくる。
午前7時≫
開店準備、その1。
荷物の仕分け、段どり。
当日仕入れた魚、冷蔵庫から出した魚やパックコーナーから回収した兄貴。
対面コーナー、調理場、パックコーナー、焼場、それぞれ適切な場所へじゃんじゃん運ぶ。
注意点は、あまりない。けど、優先度の高いものほど上に重ねて置く。優先度が低い物は下の方へ。
魚屋は朝一番に来てくれるお客さんを、とても大切にしている。
特にデパートの場合、わざわざ公共交通機関に乗ってまで、良い魚を求めて朝から来てくれるお客さんだ。朝行ったら商品ありませんでした、、、では話にならない。
ここらへんで荷物運びが一段落し、次のタスクが見えてくる。
調理、加工、パッキング。お客さんの前へ出る準備だ。
荷物運びまでは若手もベテランも関係なしに協力し合って作業を行うが、ここから開店までの作業はスキルに応じた役割分担へと変わる。
午前8時≫
それぞれの持ち場で開店準備。
魚屋の店舗での役割分担は以下のような感じ。スキル的には上下関係をつけるのは難しい。何の知識もないバイトさんを前売り担当にする魚屋もあれば、鮮魚に関する知識が豊富で接客スキルの高い優秀なスタッフを配置する魚屋もある。お客様窓口になる前売りは、後者の方がいいだろう。魚屋や会社としての姿勢が見える場所だ。
店長:
副店長:
調理担当:
刺身、寿司担当:
パック担当:
焼場担当:
前売り担当:
新入社員の場合、普通はパック担当から始まる。
適切なトレイに入れて、パッキング。
≪マメ知識≫魚のパックに「地モノ」「今が旬」「天然」などのシールが貼ってあることがある。
これははっきり言ってほとんど意味がない。
ポンコツの車に、ハンドルとタイヤがついてます!と言っているようなものだ。
シールを張る目的はパックの魚をゴージャスに見せること。
中の魚が「頭落としの半分切り」に調理済みであったら、危険な兄貴だ。気をつけよう。
パック担当を2~3年、早ければ1年目から調理担当になる。が、売り物にならない様なものを作られては困るので、調理技術はシビアに評価する。時間が掛かる様でもダメだ。
プロの魚屋なら、1Kgぐらいのタイ10匹を三枚に下ろして刺身用の上身にするのに10分も掛からない。下ろし方もタイなら大名下ろし。刺身用に捌くならもちろん鱗は取らずに捌く。皮を剥ぐので鱗を取っても意味がない。
頭もずばずば落として割って行く。
タイの頭は半割するのが難しいかも知れないけれど、魚屋の場合、腕力、包丁、そして刃を入れる場所と角度が違うので、傍目にはとても簡単に割るように見えるかも知れない。
商品知識を学び、調理の技術を習得し、接客マナーや仕入れ、在庫管理を学んでいく。
有る程度調理が出来るようになったら、刺身、寿司の担当だ。
午前9時≫
開店に向けて、ラストスパート。
当時働いていたデパ地下の魚屋は、10時開店。
9時を過ぎる頃には開店準備に大忙しだ。
パックコーナーはなるべく幅広い品ぞろえになるよう、少量多品種でパッキングし陳列する。
対面コーナーは大型店舗の場合は並べるだけでも大変な作業だ。魚を並べた後はポップ作成。
本日のおすすめや、お買い得品など、スタッフ思い思いの言葉でポップを作成して行く。
陳列、値付け、ポップ作成が終わると売り場の清掃をしたり、調理やパック作業のバックアップに回る。
調理場は休むことなくひたすら魚を下ろす。
刺身、寿司、それから刺身用の上身としてパック商品に使う養殖物魚(タイ、ハマチ、ヒラメ、サーモン)その他、市場から仕入れた状態だとパッキングするには大き過ぎる魚をパックし易いようにカットして行く。
冷凍のホッケ、塩サバなど、半分に切ったり、3枚におろしたり。どれも慣れれば大したことは無いが、他の部門(刺身、寿司、パック)のボトルネックにならないよう、調理の順番は大切だ。
刺身場、寿司場は売り場を埋めるためにピリピリしている。広告を打った日はなおさら大変だ。
≪マメ知識≫実は、デパートに入っている、和食のお店は、デパ地下の魚屋から仕入れを行っている店が多い。魚を仕入れるだけならまだいい。チェーン店でもなければ自己調達は大変だろう。ひどいのは刺身に切るところまで魚屋にやらせる飲食店だ。ランチ用の刺身定食に使うタイ、イカ、マグロを所定の厚さで200切れ。老舗、名店とうたっているにも拘らずに、だ。手を入れた瞬間から鮮度の落ちる魚。切り立ちが美味しいお刺身。こういうお店では魚を食べたくない。
午前10時、11時≫
いよいよ開店。
朝一番にお店に来られるお客さん。
冷やかしではなく、明確な目的があるお客さんだ。
あらかじめ注文されているお客さん、スタッフに商品を問い合わせるお客さん。
お客さんの方からアクションを取ってもらえるとフォローが楽だ。
難しいのは店舗を回られる、新規顧客のお客さん。
(3回もお店に来られると、魚屋はお客さんの顔を覚えている)
スタッフとのやりとりを好まれないお客さんもいる。
でも、困っているのに声を掛けられないのかも知れない。
十人十色のお客さん。
難しい。
10時はあくまで開店時間。パック、刺身、寿司はまだまだ商品が出そろってない。
売り場に来られたお客さんの対応を最優先しながら、休む間もなく出品作業が続く。
正午≫
昼食だ。
普通は2交代で食べる。先輩、後輩関係なし。腹の減り具合で順番に。
≪マメ知識≫お昼の時間はスタッフの数が半減する。
この影響をモロに受けるのが対面コーナーの調理スタッフだ。
普段、調理スタッフが2人態勢の場合、お昼は1人で対応しなければならない。
こんな時に限ってお客さんがどっと増えたり、手間のかかる調理を頼まれたりする。
基本は全部対応するけれど、丸魚を刺身用に上身にするまでの調理を頼まれたり、ハモの骨切りが連ちゃんしたりすると結構ハマる。気が短いスタッフの場合、この時間帯はちょっと仕事が雑になる(スピードを優先する?)ので、時間を調整できるなら避けよう。